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2010年11月 7日 (日)

Jules Hirsch氏 来澤

Society of American Magicians(SAM)のJules Hirsch氏が、日本旅行中で、金澤に寄られるということでお会いし、お茶をご一緒しました。

SAM JapanのT先生から「彼らを楽しませてあげて下さい」との事だったので、いろいろマジックを準備していったのですが、結局マジックは1つだけ。あとはずっとお話でした(汗)

「メンタルマジックを通常のマジックを一緒に演じるべきか」etcマジック関連の話もありましたが、その他の話もいろいろ。

彼が、製薬会社OBということで、医師の話、日本の医療制度の話なども・・・

どうやら、禅や瞑想について興味があるらしく、次のような質問をされました。 

「日本人は神道で生まれ、キリスト教で結婚し、仏教で死ぬ。 これについてどー思ってるのだね?」  うーん・・・英語で答えにくい。いや、日本語でも。 結局「日本人にとって宗教はある種の『ファッション』に過ぎず、あまり深く考えていない。」と答えたんですが、ちょと恥ずかしかったですね(笑)  

英語で会話していて、意外なことを聴かれると、英語で答えなくてはならない、という(僕にとってはでかい)制限があるので、ホントに考えてることを答えられず、後々「ああ言えばよかった」などと後悔が残ることが多いです。

お土産交換をし、午後に行ったらいいであろう名所を紹介し別れました。

楽しいひと時でした。 Hirschさんありがとう。 また、いつかどこかで。

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コメント

面白いテーマですね。
飽くまで、日本語で説明するという前提の基に、考えてみます。

「日本人は元来『八百万の神』というものを信仰していて、キリストも釈迦も日本では偉い神様の一人に過ぎない。偉い人の意見は謙虚に受け入れる。
絶大な権限を一人に与える大統領制ではなく、ゆるい議会制民主主義が国民性にも合っているようです。

では、逆に質問です。
キリスト教で生まれ、キリスト教で結婚し、キリスト教で死ぬほど信仰する神の前で誓ったアメリカ人が、なぜ離婚できるのですか?

ね、少なくとも結婚だけは、別の神でしたくなったでしょう?」

投稿: ムンテラ | 2010年11月 8日 (月) 08時57分

ムンテラさん、こんにちは。

ま、そういうことですよね(笑) 
仏教って、発生当初はもっと『哲学寄り』のものだったはずですが、流布にしたがって宗教色が強まり、一般庶民には、もう普通の神様として「祈れば助けてくれる」的妄信的なものになっちゃい、日本に来た時にもその色合いが強かったんじゃないかなぁ。 
だから、今の日本人が・・・とか言うことでもなく、平安時代の日本の庶民に聞いたって、ほとんど同じような感覚のような気がします。
空海だろうが弘法大師だろうが、ほとんど『神様』と同格ですし。

Julesが「アジアで発生したが、アメリカには純粋な形で残ってるので、私が学んでる禅などの方が、今の日本人のより深い」みたいなこと言ってましたが、確かに、そうかも知れません。 
日本で作ってる豆腐より、アメリカで作られてるものの方が、余程江戸時代の作り方に近いらしいですし・・・(汗)

キリスト教徒の離婚に関しては、キリスト教は元来『人間は罪深いもの』という前提ですし、それに従って・・・違うか?

投稿: CULL | 2010年11月 8日 (月) 10時11分

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